大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)1257号 判決 1973年1月30日

原告 吉川和則

右法定代理人親権者父 吉川勝

同母 吉川和子

右訴訟代理人弁護士 井上庸夫

同 坂本佑介

被告 西田浩一

右法定代理人親権者父 西田武助

同母 西田八重子

右訴訟代理人弁護士 川淵秀毅

右訴訟復代理人弁護士 本多俊之

主文

被告は原告に対し、金三五万四、〇七八円およびこれに対する昭和四五年五月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金一〇七万九、〇七八円およびこれに対する昭和四五年五月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、被告は、昭和四五年五月二七日午後三時頃、福岡市南区横手三丁目六八〇の二原告方前付近路上において、長さ約一メートルの棒切れで石をたたき、いわゆるバッティングの練習をしていたものであるが、右現場は幅員約三メートルの道路上であり、付近には人家もあり、また、同道路上には通行人もあるのであるから、かかる場所においてはバッティング練習は差し控え、もって棒切を手からすべらせて飛ばすこと等によって生じる事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、同所においてバッティング練習をし使用していた棒切を飛ばした過失により、右棒切を折柄原告方前に佇立していた原告の左口元に当て、同原告に対し、九針の縫合および通院二〇日間を要する左顔部裂創の傷害を負わせた。

よって被告は、原告が本件事故により蒙った損害を賠償する義務がある。

2、原告の蒙った損害は次のとおりである。

(一) 治療費等 金四、〇七八円

原告は本件事故のため昭和四五年五月二七日から同年六月一五日までの間、筑紫診療所および九州大学附属病院に通院し、治療費として合計金二、〇七八円を支払い、また、その後診断書料として金二、〇〇〇円を支払った。

(二) 慰藉料 金一〇〇万円

(1) 本件事故は被告の一方的過失に基づくものである。

(2) 本件傷害は頬部貫通の重傷で、本来入院を要するところ、原告が若年のため父母が終始看護できる自宅で安静療養し、通院することにしたものである。右治療期間中は食事をとることができず流動物をストローで摂取する状態であった。

(3) 本件傷害は一応治癒したが傷痕部の痛みは現在も続いているのみならず、左顔口角部より頬部に水平に走る約二・五センチメートルの線状裂創痕の後遺症が残っている。

(4) 被告およびその両親は原告の蒙った損害の賠償につき何らの誠意も示さない。

以上の事実を総合すると、慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

(三) 後遺症整形手術費用 金七万五、〇〇〇円

原告の前記後遺症については将来整形手術の必要があるところ、これに要する費用は少なくとも金七万五、〇〇〇円である。

3、よって原告は被告に対し、以上の合計金一〇七万九、〇七八円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年五月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1、請求原因1のうち、原告主張の日時、場所において、その主張のごとき事故が発生し、その結果、原告がその主張のごとき傷害を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

2、同2のうち(二)の(1)および(4)は争い、その余の事実はいずれも知らない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1のうち原告主張の日時、場所において、その主張のごとき事故が発生し、その結果、原告がその主張のごとき傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで、被告の過失の有無について判断するに、≪証拠省略≫によれば、被告は、当時満一四才九月の中学三年生であったが原告主張の日時、場所において、長さ約一メートル、幅約三センチメートルと約五センチメートルの角材の一端に布切を巻きこの部分を両手で握り、西側の田の方に向かい、小石をボール代りにしてバッティングの練習をしたこと、被告はこれに先立ち、同被告の後方約三メートルの地点で遊んでいた三人位の子供らに対し、危険だから離れるようにと指示し、自己もまた移動して、右子供らが被告の左斜後方約七メートルの地点に位置するに至ったこと、被告がバッティング練習をしていた際前記棒切が被告の握っていた布切から抜けて飛び、前記地点に佇立していた原告(当時満五才)に当たったこと、本件現場は非舗装の市道上であり、付近には数は少ないが住宅も建ち、通行人も多少はあることがそれぞれ認められる。

そうすると、以上のような四囲の状況の下で小石をボール代りにバッティングすることは、被告が未だ一四才九月の未成年者であってもその是非をわきまえることができ因って生じた結果についての法律上の責任を弁識する能力において欠けるところはないと認められるのであるから被告としては、右のような場所でのバッティング練習を差し控えるかまたは、少なくとも、棒切を確実に握り、それが手から抜け飛んだり、打球が予測方向以外に飛ぶことのないようにし、もって棒切や小石を前記子供らや通行人に当てることによって生じる事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠りただ未だ事理弁識能力の十分でない原告ら幼児に対し危険だから離れておくように指示し、自己においても原告らより七メートル程度距離をとっただけで漫然とバッティング練習を行なったばかりか棒切を確実に握持してなかったため、打撃のはずみでこれを手からすっぽ抜かした点に過失があった、といわざるをえない。

従って、被告は原告が本件事故により蒙った損害を賠償する義務がある。

二、そこで損害の点につき判断する。

1、治療費等 金四、〇七八円。

≪証拠省略≫によれば、原告が、本件受傷のため、筑紫診療所に対し診療費として金一、六五五円、診断書料として金二、〇〇〇円、九州大学附属病院に対し診療費として金四二三円を支払い合計金四、〇七八円の損害を蒙ったことが認められる。

2、慰藉料 金三五万円。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件受傷のため二〇日間通院したが、その期間中通常の食事ができず、流動物のみをとっていたこと、現在では、傷害そのものは治癒しているけれども、左口角部から外方頬部にかけてほぼ水平に走る長さ約三、五センチメートルの線状瘢痕が残り、これは現時点でもある程度目立つが開口などの機能障害はなく、原告が成長するにつれて瘢痕が目立たなくなる可能性もあること、原告は本件事故当時未だ満五年の幼児であったこと、被告は本件事故の発生を直ちにその両親に告げず、そのため、同日午後六時頃原告およびその両親が同被告方を訪れるまで、被告側から原告側に対し何ら陳謝の意を表さず、原告側において態度を硬化させるに至ったことがそれぞれ認められる。

以上の事実に、後述3の事情および本件に現われた一切の事情を合わせ考えると、原告に対する慰藉料は金三五万円をもって相当と考える。

3、後遺症整形手術費用

原告の左顔部に後遺症が残っており、これがある程度目立つものであることは前記2認定のとおりであるけれども、前顕鑑定嘱託の結果によると、このような瘢痕は、整形手術を施しても完全に取除くことができず、ひっきょう、整形手術は、瘢痕がいくらかでも目立たないようにするためのものにすぎないところ、原告の場合については、負傷後未だ日が浅く、今後一、二年もすれば瘢痕が現在より目立たなくなる可能性があるので、将来の手術の必要性については現時点では結論を下し難い状態であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実に、原告が未だ幼少の、しかも男性であることを合わせ考えると、現時点においては、将来の整形手術の必要性については、純粋に医学的な見地からはこれを消極に解するほかはなく、ただ、将来そのような必要が生じるかもしれないという不安は残るわけであるし、また、仮に効果そのものは期待できなくとも心理的な面から施術を受けたいという願望があれば、それもある程度無理からぬことで全く無視することはできないから、これらの事情を慰藉料算定に当たって斟酌するのが相当であると考える。

三、よって、原告の被告に対する請求は以上の合計金三五万四、〇七八円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年五月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中池利男 裁判官 松島茂敏 石井宏治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例